労働基準監督署の立入調査から見る「労務管理」の注意点

 

■ 意外と知られていない、監督署の「役割」と「権限」

 

労働基準監督署(以下「監督署」)の役割は、ずばり「民間企業に労働法令(労働基準法など)を遵守させること」です。監督署には厚生労働省が任命する「専門職として採用された国家公務員」である労働基準監督官(以下「監督官」)という職員がいます。

 

監督官は「単なる公務員」では無く、刑事訴訟法に定められた特別司法警察職員として犯罪捜査を行い、違反者を逮捕して書類送検できる権限を持っています。従って、「臨検/申告監督」などで

企業に訪れた監督官の態度・口調が穏やかでも、対応する事業主が「不誠実な態度」を取ったが為に悪質と判断され、書類送検された結果「罰金・刑罰(懲役)」に処される可能性もあることには

注意が必要です。労働基準法は「労働刑法(処罰を以って「法」を遵守させる)」であり、罰則付きの強行規定であることにも、ご注意下さい。

 

■ そもそも「臨検監督」とは?

 

労働基準法第101条1項に於いて、「労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の付属建築物に臨検し帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる」と規定それており、同趣旨の規定は、最低賃金法・労働安全衛生法などにも存在しています。

 

標題の「立入検査」を監督署では「臨検監督」と呼んでいますが、この他にも「定期監督」「申告監督」と呼ばれるものがあり、区別は以下の通りです。

 ① 定期監督とは、臨検監督の内「定期的」に事業場を臨検することです。計画に基づき業種・

   地域などを限定して巡回指導を行いますが、事業主を監督署に来署させ(事前に案内文書が

   送付されます)複数の事業所を集中的に監督・指導するケースもあります。

 ② 申告監督とは、労基法第104条に規定されており、労働者からの「申告」に基づき臨検を

   することです。労働者の立場からすると「在籍中」であった場合に名前が会社側に知れると

   労基法で禁止されているとは言え「不利益な扱い(解雇など)」を受ける可能性がある為、

   絶対に会社側に「名前」を出さないで欲しい旨を要望するケースが大半であり、監督署側も

   上記の「定期監督」との趣旨(名目)で臨検する場合が多いと聞いています。

 ③ この他に「情報監督」も存在しますが、これは匿名等による情報提供(内部告発)を受けた

   場合の対応となりますが、単に「情報」として受理される場合も有り、「申告監督」よりも

   下位(適切な表現ではありませんが)に位置付けられます。

 

■ 立入調査の際に指摘を受けることの多い事項

 

(1)労働条件の書面交付(基15条関係)

 

採用後に「労働契約」を締結した際には、会社は労働者に対して「労働条件」を明確に示さなくてはならず、一定の法定事項(賃金・休日など)については「書面」を交付する義務があります。

当該「労働条件」は、労働契約書(甲/乙)を交わすこと迄は求められておらず、労働条件通知書

を交付することで足りますが、これが交付されていないケース、一部の労働者に交付しないケース

交付時期が遅すぎるケース、法定の明示事項が足りないケースなどが「違法行為」として指導対象となります。

 

期間の定めのある労働契約(有期雇用契約)の場合は、厚生労働大臣の告示(有期労働契約の締結

・更新及び雇止めに関する基準)により、更新の有無、更新する/しない場合の判断基準、更新しない場合の理由について明示する必要があります。これらが書面でなされていない場合は「書面の明示が望ましい」旨の指導勧告を受ける可能性があります。

 

(2)就業規則(基89条関係)

 

常時10名以上の労働者を使用する事業場に於いては「就業規則」を作成し、所轄労働基準監督署に届け出る義務がありますが、届出をしていないケース、内容を改正したのに「変更届」を提出していないケース、絶対的必要記載事項が記載されていないケース、管理監督者や非正規労働者等について「労働条件」が異なるにも係らず、適用される就業規則が作成されていないケースなどが、基89条違反として摘発されます。

 

基106条により、就業規則・労使協定書などについて労働者に「周知」する義務を怠った(就業規則を見せないなど)場合は、違法行為として監督・指導の対象となります。

 

(3)労働時間(基32条関係)

 

労働時間の適正な把握は事業主の義務であることを踏まえ、残業時間数を各日ごとに確認・記録をしていないケース、自己申告制の場合に適切な指導・確認を怠っていたケース、時間外労働について「誤った理解(サービス残業等)」をして割増賃金が適正に支払われていないケース、36協定

の延長時間を超えた時間外労働をさせているケースなどは「法違反」として監督対象になります。

 

(4)割増賃金(基37条関係)

 

【金額不足の一例】

 

 ① 手当の不算入

      → 割増賃金の計算基礎となる「手当」を誤解しているケース

 ② 賃金単価の計算誤り

      → 1ヶ月平均所定労働時間数を超えた「数値」で算出しているケース  

 ③ 割増率の適用誤り

      → 法定休日労働・深夜時間帯労働に対する「割増率」を無視しているケース

 ④ 割増賃金の「定額払制」の誤解

      → 定額分(固定残業代)を超過した割増賃金の「差額」を支払っていないケース

 

【時間不足の一例】

 

 ① 時間外労働の対象となるべき時間の誤解

      → 変形労働時間制(1ヶ月変形/1年変形)を誤解しているケース

 ② 管理監督者に対する企業独自の判断基準

      → 課長以上は管理職なので「残業代は発生しない」と誤解しているケース

 ③ 残業代計算過程の奇数切り捨て

      → 1日の時間外労働に於いて、30分未満を切り捨てているケース

 ④ 残業時間に「上限」を定め、超過部分を認めない

      → 上限を定め、超過部分に対する割増賃金を支払わないケース

 ⑤ サービス残業の強要

      → 賃金不払残業に該当する「違法行為」が常態化しているケース

 

(5)賃金関係(基24条関係)

 

定期監督の場合は「基24条違反」よりも、就業規則関係や賃金台帳の調製等に係わる違反が多く摘発されています。(時間外労働時間数の賃金台帳・給与明細書への未記載)

又、労基法に於ける「全額払いの原則」の例外である「賃金からの控除」に関し、控除協定を締結していないケースや、労働者の負担すべき義務の無い控除を強制的に行っている場合は、基24条

違反として監督・指導対象とされます。

 

(6)定期健康診断の実施(労働安全衛生法66条関係)

 

採用時及び1年以内ごとに実施していないケース、健康診断個人票を調整・保管していないケース

異常所見が発見された労働者に対し、医師の意見を聞いていないケースなどが「法違反」の代表例となります。

  

 

 

   

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